

旅は続いている。
朝の散歩をして宿に戻ったところ、数日前に天塩弥生のバス停(天塩弥生駅のすぐ前!)でヒグマが目撃されたと、駅長こと宿主の奥様が教えてくれた。
もはや北海道に安全地帯など無いのか。


天塩弥生駅の朝食は、肉や魚が使われてない素朴なメニューだが、特筆すべき点として幻の音威子府そばを汁物として頂くことができる。
威子府そばを作っていた製麺所は2022年に廃業となり、今は千葉の製麺所が新音威子府そばとして再現したものを卸している形だが、ともかく彼有名な音威子府そばを味わえるのだから儲けものである。


チェックアウトのギリギリまでのんびりさせてもらってから、天塩弥生駅を出発した。
「天塩弥生駅」を完全再現したギミックの面白さ、飯の旨さももちろんだが、他の旅人や宿主との談笑が何よりも楽しく、とほ宿の素晴らしさを再認識できた。
昨日に引き続き、本日はママチャリで名寄の自然を堪能し、午後のJRで音威子府に移動、音威子府からデマンドバスで浜頓別を目指す。

名寄市街地に戻る際、天塩川を渡る。
関東に住んでいるとあまり耳にしない名前だが、北海道では石狩川の次に、日本全国でも4番目に長い大河である。

名寄市街地の中心部には、イオン以外にも大型商業施設やチェーン店が多い。
単純に行政区分が「市」であること以上に、町として充実しているなと思う。
看護、福祉系の名寄市立大学があるため、毎年一定数の学生(若者)がやって来ることも関係しているのだろう。
天塩弥生駅の宿主・富岡さんによると、東北からの学生が多いらしい。


JRまで時間はたっぷりあるので、とりあえず昨日と同じく名寄川沿いのサイクリングロードへ。
そこから、2023年に泊まったなよろサンピラーユースホステルを目指すことにした。

このオレンジの建物が、なよろサンピラーユース。
宿主は引退を考えていて、新しいオーナーが建物を買うまでの営業となるらしい。ホームページを覗いてみたところ、2年前とは営業形態も少し変わっているようだ。
ユースを眺めると、自然と2年前の記憶が蘇って来る。
2023年6月、7月と後々を左右する決断を迫られ、そして8月からの1年数カ月が、我が人生で最も充実し、多くのことを学べた、まさに宝石のように輝いていた日々だ。
仕事の責任が一気に増え(ただし職位は据え置き!)、大変だったことを挙げるとキリが無いが、胸が張り裂けるようなその次の1年を過ごしてみると、タイムターナーであの頃に戻れたらどんなに良いと思うのである。


そんな感傷に浸りながら、名寄の田舎道を走る。
今回の旅の最後に泊まるとほ宿・ばっかすに初めて泊まったのは、まさに2年前、サンピラーユースに泊まった次の日だった。
そして今年は6月に台湾、7月に福井に行ったが、これも2023年以来の訪問であり、特段意識した訳ではないのだが今年は2023年の旅行を再現するような流れになっている。
自己犠牲的に生きても報われるとは限らない。ただ、ここで苦しんだことを糧に頑張っていれば、他の場所で、他の誰かが拾ってくれるかもしれない。
望まざる情報の波に脳を焼かれる日々に終わりは見えないが、この旅を皮切りに、これからの1年が再生の年になれば良いなと思う。
ちなみに、サンピラーユースからなよろサンピラー温泉まで続くこの山道は、2年前にヒグマを観測した曰く付きの道である。
幸いなことに、これについては2年前の再現とはならなかった。


感傷に浸った後、サンピラーユースの近くにあるサンピラーパークでヒマワリを見た。

ヒマワリ目当ての観光客、合宿中と思わしきスポーツ少年達で賑わうサンピラーパークではあるが、数日前に散策路でヒグマが目撃されたとのことで、一部のエリアは閉鎖されていた。
恐るべし北海道。

三星食堂で昨日選ばなかったチキンマヨ定食を食べようと思っていた。しかし、2年前に名寄の町を歩いた時に目に入った亀が妙に印象に残っていたので、プランを変更してこちらの亀金で昼飯を摂ることにした。
味噌ラーメンと半チャーハンのセット。
ラーメンは辛味噌風で美味しく、何より地域密着な感じの雰囲気がとても良かった。
店のおばちゃんは物忘れが酷くて謝られてしまったが、次に名寄に行く時まで元気に店を続けて欲しい。

観光案内所に自転車を返却し、併設カフェで少し休憩。
ママチャリなら1日たったの300円で、行動範囲はうんと広がるので借りて本当に良かった。


14時59分の宗谷本線で名寄を後にする。
次に来る時はもう少し幸せで在れますように。
天気が良ければ利尻富士も拝める宗谷本線だが、海が見えるのは豊富以北。個人的に宗谷本線は、天塩川と田舎町、廃駅の印象が強い。


16時1分に音威子府駅着。
名物だった駅蕎麦は閉店してしまったが、イケレというゲストハウスが今でも新音威子府そばを提供しているらしい。

さて、今回は音威子府には泊まらず、デマンドバスで浜頓別まで一気に移動してしまう。
稚内からだと浜頓別にはバスで行き、同じ道を帰ることになるので、公共交通で一筆書きの旅をするには音威子府でJRを降りてデマンド交通を活用することになる。
本数は少ないが、名寄からもバスが出ているらしい。


デマンドバスとは言っても、宗谷バスのような大型バスではなく、ミニバンでの移動。
旅行者は私だけで、ドライバーと地元の人のお喋りを盗み聞きしながらの旅となった。

中頓別を経由し、浜頓別には定刻より20分ほど早い17時半に到着した。

セイコーマートで酒とつまみを買ってから宿へ向かう。
これまで訪れた北海道の町でも群を抜いて静かで、稚内や根室以上に「果てに来た」気分である。

はまとんで泊まるのは、トシカの宿。
クッチャロ湖畔のとほ宿だ。
とほ宿ネットワークが結成される前から続いている宿で、宿主の吉沼さんはとほ宿宿主の中では最高齢のおばあちゃん。

夕飯まで少し時間があったので、クッチャロ湖を見に行った。セコマのポテトをつまみにクラシックを飲みながら、ボーっと湖を眺める。これぞ至福の時間。
1週間後にはまた脳を破壊される日々が始まるかと思うと不快極まりないが、今はこの時間を楽しむとしよう。
ハグリッドの言う通りだ。来るもんは来る。来たときに受けてたてばいいんだ・・・

トシカの宿はジンギスカン食べ放題の宿として知られていたが、物価上昇と客の高齢化により、食べ放題は終了してしまった。
今はラム焼肉を定食スタイルで提供している。
米もビールも進む味付けで、充実した夕飯だった。

この日泊まり合わせたのは、同じドミのライダー、中国人女性のチャリダー、車で旅されているご夫婦。
皆さん、とても良い人達で、旅話が弾みに弾んだ。

さらに、ご夫婦はこれから温泉に行くところで、もし行くならと一緒に車に乗せてもらえることになった。
感謝感謝だ。
温泉はヌルヌルとしていて、良い湯加減だった。
トシカの宿には2泊する。