[Day2]
ウラジオストク駅から歩くこと30分。
長い長い坂を登りきった先に、3泊お世話になるゲストハウス・ネプチュネアがありました。
無料のコーヒーでも飲もうと宿のキッチンに向かうと、女子大生バックパッカーのオカダさんと、台湾人の林兄貴が。
ウラジオストクまで一人で来る女子大生。魅力的に決まってる。
台湾人の兄貴。台湾人はみんな友だち。
という訳で言葉巧みに勧誘し3人で観光することになりました。
日本では女子の目を見て話せない程度にはコミュ障ですが、昔から旅先では尋常じゃなく積極的なのですよ。
方向性の違いから解散しましたが、イランのドミで同じだった中国人のお姉さんと一週間アルメニアを旅したくらいです。
まずはウラジオストク駅前のストローバヤで昼食を摂ります。
ストローバヤとはロシア各地にある食堂のこと。
好きなおかずを選んで重さや種類で会計するスタイルであり、指差し注文なので言葉が通じなくても食事しやすいのがありがたいですね。
筆者チョイス。名物のボルシチは抜かりなく味わいたいですね。
ハンバーグやカツはロシア料理かと言われると微妙ですが、地元の庶民が食べている物はもう地元の料理と言って良いと思います。
味も良く、これだけ食べて500円と安くて幸せですが、やはり色々会話しながらの食事は最高に楽しいですね。
決してコスプレーヤーでも変態でもありません。
そもそもウラジオストクの意味は「極東を征服せよ」なので今でも軍港が設けられています。
彼らは現役の海軍であり、軍服としてセーラー服を着用しているのですね。
食後はまずウラジオストク駅を見学しました。
ウラジオストクはかの有名なシベリア鉄道の終着駅。
モスクワや、もっと言えばはるか西のヨーロッパ諸国にとっては正しく東の果てと言える訳ですね。
モスクワから9288km、を示す碑です。
流石、世界最大の国家。色々とスケールが違います。
ちなみに長距離列車のホームには改札や料金徴収などなく自由に出入り可能でした。
まぁ駅自体が観光地ですからね・・・
食後はバスで郊外に移動します。
いつもの旅では特に移動中はセンチメンタルな気持ちになったりしますが、今回は旅仲間がいるので修学旅行みたいだ楽しいです。
一人旅は確かに一人で孤独なのですが、こういう刹那的な交流があるからこそ色褪せない思い出になるんですよね〜
ルースキー島にやって来ました。
ウラジオストク本土とは橋で繋がっています。
薄暗く、目に映る色素の90%が灰色で構成された工場に幽閉されていたので、豊かな緑が目に優しいです。
ウラジオストクは日本の中古車の一大集積地として知られています。
融雪剤の影響で錆びやすいと思うので定期点検は怠らないようにしましょう。
ちなみにウラジオストクは不凍港なので、雪こそ降れど海が凍ることはありません。
冬場に活動が制限されないことは言うまでもなく軍事的ないし経済的に大きなアドバンテージを得ることになります。
ロシアの大躍進には不凍港の存在が欠かせなかった訳ですね。
シャトルバスに乗り換えて目的地に到着。ウラジオストク駅前から1時間はかからないくらいでした。
プリモルスキー水族館に来ました。
ロシア屈指の規模を誇る水族館であり、バイカル湖やアムール川、日本海などロシアに生息する水生生物たちが展示されています。
プリモルスキーの意味は沿海州、つまりウラジオストクやシベリアなど極東エリアのことですね。
館内に入ると巨大オブジェが。
迫力はありますが、これを見に来た訳じゃない感がすごい。
安倍首相が手を突っ込んだらしいモササウルスの模型。
ジュラシックワールドのフィニッシャーとして有名です。
さて、プリモルスキー水族館は前評判の通りボリューム満点な水族館でしたが、
・家族連れでめちゃくちゃ混んでる
・閉館まであと一時間くらい
などの理由でかなりの駆け足での見学になりました。
故に写真もあまりなく、記憶も曖昧です。
まぁ異国の地でこの日であった仲間との見学なので楽しいには決まっているんですがね。
ロシアの水生生物について学ぶ絶好の機会だったので残念ではあります。
ブログを始めて、やはり記憶に刻むという意味でも今後は旅行でも友人との遊びでも写真はたくさん撮るべきだと改めて思いました。
寒い地域や川の魚ばかりだと色合いが地味になるので仕方なくはありますが、できたらプリモルスキーというコンセプトで統一して欲しかったなぁ
この温室に関しては特に生き物もいないし何がしたかったか分からないw
・・・と、ここで予想外のできごとが。
すれ違った観光客「ベアー大熊くんだよね?」
大学の同期とまさかのエンカウント。
いやー、チケット売り場でどっかで見た顔がいるなーとは思ってたのですがまさか本人とは。
在学中に会話したことはありませんが、僕の友人と同じ部活に入っていたので、体育会同士なんとなく顔見知りだったんですよね〜
始めて話すのがウラジオストクだとは思いませんでした。
最後は旅仲間と記念撮影。
付き合ってくれてありがとう!!
市街地に戻った後は、昼間のストローバヤで今度は一人で夕食。
相変わらず安くて旨く、野菜も摂れ、ビールも飲んで上機嫌になりました。
日付が変わる頃、シベリア鉄道ではるかモスクワを目指すというオカダさんをウラジオストク駅までお見送り。
往復一時間、しかも真夜中の外出なんていつもの旅では考えられませんが、工場での夜勤によって恐怖耐性がついたようですね。
お見送り後、宿に戻りながらメランコリックな気持ちに浸りました。
オカダさんはここから一週間かけてモスクワまで行き、その後さらに西へ西へと旅を続けます。
僕がウラジオストクにいる時間より長い時間をシベリア鉄道で過ごす訳です。
僕も卒業旅行では2ヶ月かけてイランからアテネまで陸路で移動する旅をしましたが、現役女子大生のオカダさんを見ると、自分も大学生活のより多くの時間を旅に費やせば良かったと思わずにはいられません。
一方で、今考えると大学でも剣道を続けたからこそ、社会人になってからも寂しい思いをしなくて済んだとも言えます。
(ウラジオ編①で書いたように会社同期充になれなかったのでね)
今はコロナで全然会えませんが、ウラジオに行った社会人一年目は冗談抜きで毎週、剣道部の誰かしらに会っていましたからね。
練習、飲み、クリスマス会など当時の僕を救ってくれた剣道部の仲間には感謝、感謝です。
一方が生きる限り他方は生きられぬ、ではないですがこればかりはトレードオフ、仕方ないことかな。
さて、次の記事からはまた一人旅に戻りますが、ウラジオストクを歩き回る様子をお届け致します。
ではでは。